今宵の月のように

今宵の月のように

オンラインカウンセリングのカナムーンです。

写真の月は、愉快な仲間たちが送ってくれた7月24日の満月です。「お釈迦様がお月さまをすくっておられるように見えました」というコメントつきで、“今宵の月のように”とアルバムには命名されていました。何だか穏やかな気持ちになりますね。

釈迦は80歳の頃に食あたりで亡くなったと言われています。信者の家で供された食べ物で食中毒になられたとか・・・。当時の80歳というのはとても長生きだったでしょうし、その年齢でまだ歩いて教えを説かれていたとは・・・驚きです。

亡くなられる数年前には、弟子にこのように説かれたと言われています。「私は誰彼の差別なく教えを説いてきました。私は年月を重ねて老衰し、このお身はあたかも古ぼけた車が皮紐の助けによってようやく動いているようなものです。それゆえ私の死後も他を頼りとせず、誰もがただ自己と法のみを拠り所としなければなりませんよ」と。

イスラム教の創始者のムハンマドは60歳の頃に体調を崩して亡くなりました。60歳という年齢は今でいう初老の年齢ですから、当時ではやはり長生きだったと思われます。キリスト教のイエス・キリストは33歳の時に磔刑(タッケイ)で亡くなりました。この年齢は今でいう青年期後期もしくは成人期前期にあたります。この若さで十字架に磔にされて亡くなるという衝撃的な死を迎えたイエス・キリストは、世界中の教会でそのお姿を目にすることができます。

私は檀家仏教徒(亡くなると宗派のお墓に入るという意味で)ですが、感覚的にも仏教の考え方はしっくりきます。それは、仏教が老年期まで生きた釈迦が説かれた教えだからでしょうか。生まれてから死ぬまで、つまり乳児期から老年期までの人間の幸せをライフサイクルを通して説かれているので、高齢化社会を生きる私たちには納得しやすい内容なのかもしれないな~と思っています。

釈迦が臨終を迎える時には、さまざまな菩薩や神々、動物たちや人間が駆けつけたと言われています。草から人の命、動物の命までとても大切で、すべてが平等だと説いた釈迦らしい入滅です。そんな慈悲深いお釈迦様なら、お月さまもすくっていらっしゃるだろうな~と想像してみました。

先日、ある人から「仲先生は多羅菩薩のようですね」と言われました。被害者支援をしているからでしょうか。煩悩まみれの私には勿体ない言葉でした。でもその言葉をきっかけとして、Drukmo Gyalさんの♪Green Tara♪を聴くようになりました。7月24日の満月の夜にも♪Green Tara♪をBGMにお月見をして、お釈迦様に思いを馳せていたりして・・・。

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