深い愛

深い愛

オンラインカウンセリングのカナムーンです。

この写真は、2006年に開催した「生命(イノチ)のメッセージ展in鈴鹿国際大学」の写真です。殺人や交通事件などの理不尽な理由で生命を奪われた人たち(メッセンジャー)のパネルと遺品の靴を展示するもので、全国各地で開催されています。この後、三重県では6つの大学の学生たちが集まって、2010~2013年の4年間、四日市市、鈴鹿市、川越町、亀山市で「生命のメッセージ展inみえ」を開催しました。交通事故で息子さんを亡くされた鷲見三重子(スミミエコ)さんと私は、これらの開催にずっと関わってきました。

朝いってらっしゃいと元気に送り出した大切な人が、ご遺体となって帰ってくるという経験をされたご遺族を15年以上支援してきたこともあり、私はいつも身近に死を感じて生きてきました。明日は誰にも約束されていないことを目の当たりにしてきましたので、一般の方たちの死生観とは少し異なるかもしれません。

今回の新型コロナウィルス感染拡大では、もしかしたら自分や身近な人が死んでしまうのではないかと死を意識された方も多かっただろうと想像しています。身近に死を感じて生きることのしんどさを、私も被害者支援を始めた当初経験しましたので、みなさんも自らの死と向き合うことで、コロナの前と後で変化したご自分の死生観や人生観に戸惑われている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

ただ、死を意識してはじめてわかることもたくさんあります。

亀井勝一郎さんが著作の中で『一番深い愛』について触れています。「死に直面してはじめてわれわれはその人のさまざまな願いや行いや仕事の意味をはっきり知る。死は人間の生命を完璧に語る。死んでみてなるほどああいう人間だったのかということがいよいよはっきりして愛情の涙を流す。ところでもしこの世で一番深い愛があるとすれば、死してはじめて語ることのできる願いを、生きている生身のまま感じる-これが一番深い愛というものではなかろうか」

新型コロナウィルスは私たちにとってとても厄介なものですが、生きているこの瞬間を大切に生きること、自分の本当の願いは何なのかを理解すること、自分にとって本当に大切な人は誰なのかを知ること、そして大切な人の願いをこの瞬間に感じることがいかに尊いことなのかを、改めて考え直すことができた2020年上半期だったのではないかと思っています。