出雲
出雲

オンラインカウンセリングのカナムーンです。
私には神社巡りの師匠のような仲間たちがいるのですが、彼女たちに「仲先生、出雲大社に行くなら、その前に大神神社へ行ってきてください」と言われて、1か月ほど前に大神神社に足を運びました。大神神社のご神体である三輪山には、オオクニヌシの幸魂と奇魂が鎮まられていたからでした。
そして準備が整ったので、二度目の出雲大社の参拝に出かけました。最初に向かったのは、稲佐の浜でした。駐車場に車を停め、海に向かって歩いていくと「稲佐の浜」と書かれた石碑があり、写真の弁天島と青い海が目の前に広がりました。「あ~、ここが国譲りの舞台なのねえ」と感慨深いものがありました。
浜辺の奥には、オオクニヌシとタケミカヅチが国譲りの交渉をしたという屏風岩があり、旧暦の10月10日には全国の八百万の神々をお迎えする浜なのです。アマテラスがオオクニヌシに国譲りを迫り、平和的にそれが行われた歴史的な場所が稲佐の浜でした。
おそらく、さまざまな苦労をしながら「豊葦原の瑞穂国」を築いたオオクニヌシが、アマテラスに国を譲るときの思いはいかばかりだったのだろうと想像しながら、稲佐の浜を眺めました。
そして、この浜に毎年八百万の神々をお迎えして、上宮で人々の大切な事柄について神議りをし、十九社という宿を提供しながら直会という酒宴を催し、万九千神社でお見送りをするという、その一連の儀式に思いを馳せながら、八百万の神々の足跡を辿りました。
アマテラスに国を譲ってからも、年に一度、八百万の神々が人々の大切な事柄を相談するオオクニヌシってどんな神さまだったのだろう?と、ずっと興味を持っていました。因幡の白ウサギの神話にもあるように優しい性格で、八上姫との物語にもあるように女性にモテて、たくさんの子どもがいるように生命力が強くて、アマテラスに国を譲ることができるように物事に執着がなくて、八百万の神々に慕われるほど頼りがいのある神さまだったのだろうと想像するのです。
そんなオオクニヌシに会いたくて、出雲大社に足を運びました。出雲の土地は空が高くて、稲が一面に育っていて、山がおにぎりのような形をしていて、遠くまで見渡せる広大な土地でした。稲作が始まった弥生時代を彷彿とさせる印象がありました。これからは、弥生時代よりも前の縄文時代、そして地球の始まりの歴史を辿ってみたいと思います。
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