おおきな木
おおきな木

オンラインカウンセリングのカナムーンです。
シェル・シルヴァスタインの書いた「おおきな木」という絵本をご存知でしょうか?これはアメリカで1964年に出版され、世界中で読まれているロングセラーです。
この「おおきな木」の原題は、“The Giving Tree”といいます。その意味は「与える木」です。その意味のとおり、この絵本は一本のりんごの木が少年に与え続ける物語なのです。
りんごの木は、少年の遊び相手になります。葉っぱを落としたり、木登りをさせたり・・。ある時にはりんごを食べさせたり、少年を休ませたり・・。子供の頃はいつも一緒にいたけれど、青年になるにつれ木はひとりぼっちになることが多くなります。
青年はお金がほしいと木に懇願し、りんごを売ります。成人になった少年は家がほしいと木の枝を切ります。中年になった少年は船がほしいと幹を切り倒します。老人になった少年は休める静かな場所を懇願し、切り株に腰をおろします。
そう、一本のりんごの木は少年に与え続けるのです。
木は動くことができません。その場に居続けることしかできない。そこに存在しながら、少年を待つことしかできないのですね。木は与え続けながら、少年をずっと待ち続けました。少年と共にいることが、木にとっては何よりも幸せなのだと思います。
親という字は、木の上に立って見ると書くでしょ。まさに、変わらずにその場所に居続けながら、子どもを見守るのが親の役割なのだと思います。そういう意味では、「おおきな木」は親子の物語とも言えるかもしれません。
私はよく散歩をするのですが(最近は忙しくて回数が減ってしまいましたが)、散歩コースの木が何本も切り倒されていました。また、木を切り倒し、土地を整備し、何か建物が建つのでしょう。木が切り倒されるたびに悲しくなってしまいます。
その日も、その切り倒された木を横目に、散歩コースの終点にある「約束の木」に会いに行きました。私が勝手にそう呼んでいるだけなのですが、「約束の木」に会うたびにその枝を握り、「おはようございます。今日もお会いしにきましたよ」と挨拶をします。端から見たら怪しい人にしか見えないと思いますが(笑)、もう2年以上も「約束の木」に会うために散歩をしています。
木は動かないから私から会いに行くしかないのですが、だからこそ会いたいと思うのかもしれませんね。「約束の木」は私が会いにいくことをどう思っているのでしょう。幸せに思ってくれていたらいいな、と「おおきな木」を読んでそう思いました。
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