試験

試験

オンラインカウンセリングのカナムーンです。

子どもの大学入試が無事に終わりました。結果はまだ出ていませんが、コロナにもインフルエンザにも罹らず、国立大学の前期試験まで辿り着いたことに感謝しています。

合格や不合格というのは結果としてついてくるもので、“人事を尽くして天命を待つ”という言葉があるように、あとは待つしかありません。また、合格したからと言って、それで今後の人生がうまくいくかどうかなんて、さっぱりわからないものです。人生の最後はそうなるようにできているものですから、ご縁があるところに結局は行くことになるのです。

今回、子どもの大学受験を親として経験させてもらって、思い出したことが一つあります。それは、苅谷剛彦さんの『学校って何だろう 教育の社会学入門』に書かれていた「試験の秘密」についてです。私が大学教授だった頃、教育社会学を教えていたことがあり、そのときにこの本を授業で教えていたのですね。

そのなかに印象的な内容がいくつかありました。「中学生の『学力』(勉強ができるかどうかを示す能力)は、ある一定の時間の中で発揮される能力のことをさしているのです」、「(この社会は)いろいろな人が協力しあって、むだのないように仕事をするためには、どれくらいの時間で何ができるのかが重要になります。短い時間内に集中して問題に答える。それは社会のしくみと関係しています。時間で試験を区切るのも、社会に慣れるための訓練の一環といっていいでしょう」

今でいうところのタイムパフォーマンス(タイパ)を高めるための訓練というところでしょうか。これも現実の社会に慣れるために必要なことなのですね。まさに、里の行です。私たちが暮らす里でいかにうまくやっていくかが試されているのです。窮屈なことです。

我が子は自由をこよなく愛する青年なので、この里の行は辛かったことと思いますが、何とかやり遂げましたから、それだけでも褒めてあげたいと思っています。社会に適応するために、自分の思いと折り合いをつけながら、どうにかこうにか自分を見失うことなく、生活できていればそれで十分なのではないでしょうか。

前期試験を終えて家路に着くやいなや、高校にアーチェリーの練習をしに行きました。好きなことがあるというのは素敵なことです。大学生になるまで、自由を満喫することでしょう。ルソーは、“人間は自由であるべきだ。どんな制限も自己の意志に基づかねばならない”と言っています。まさにその通りです。青年よ!自由であれ!

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