性的マイノリティ

性的マイノリティ

オンラインカウンセリングのカナムーンです。

来週、ある市の職員研修で「性的マイノリティの基礎知識を学び、誰もが生活しやすい環境を考える」というテーマのお話をする予定なので、パワーポイントの資料を作り始めているところです。資料を作成する際には、いろいろな文献やネットを検索して、間違ったことを伝えないように心がけています。

それで、以前にも調べたことがあるのですが、再度、日本における同性愛の歴史を復習してみました。男性の同性愛は「男色(なんしょく、だんしょく)」と呼ばれていますが、最も古い記述は『日本書紀』の神功皇后のページにあるようです。ある神官が亡くなり、その後を追って自死をした神官の二人を一緒に埋葬したという内容で、男性が男性を寵愛したというお話が載っています(結局二人は血縁関係がなかったので引き離されるのですが)。

そういえば、神功皇后も男装をして軍を率い、60年以上も国を統治した女帝であると戦前までは認識されていました。この写真は、大和文華館で開催されている「レスコヴィッチコレクションの摺物~パリから来た北斎・広重・北渓・岳亭~」で展示されている神功皇后の摺物(作者は岳亭春信)です。大鎧を身にまとい、腰には大刀、背丈ほどの長さの大弓を持った勇ましい姿です。

明治以前はこのように近代の性別規範からはかけ離れた姿をしている神功皇后も、戦後は夫である仲哀天皇に付き従う存在として描かれるようになったそうです。時代とともに、性別規範が変化してきたのだと思います。それまでは、「男性だから」とか「女性だから」という、一種の呪いのような性別の制約はあまり存在していなかったようです。

私たちは明治以降、もっといえば戦後から始まった規範意識にがんじがらめにされているのかもしれませんね。2021年に日本財団が行った調査では、性的マイノリティの人に対する偏見があると回答した人は77.4%にも及んだそうです。人の性のあり方は目に見えませんから、まるで多様な性は存在しないと思っていらっしゃる方もいるのかもしれません。

ただ、日本においては近代の性別規範が浸透し始めたのは明治以降であるということ、そして、女性は家父長制のために声を上げられなかったという意見もありますが、ただ、欧米と比べると、性に対しては自由な風潮が明治以前にはあったということは、さまざまな書物からも窺えます。もしかしたら性的マイノリティへの差別や偏見の歴史は、それほど長いものではないのかもしれませんね。

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