うちで踊ろう

うちで踊ろう

オンラインカウンセリングのカナムーンです。

昨年末の紅白歌合戦で話題になった歌詞がありました。星野源さんの「うちで踊ろう(大晦日)」です。私はコロナ禍の緊急事態宣言でテレビから感染者数のニュースしか流れなくなった頃から、すっかりテレビを見なくなってしまいましたので、紅白歌合戦も年越しそばを作っている時間しか見ませんでした。ですので、彼のSNSでその歌詞を拝見しました。

星野源さんの歌詞で印象に残っているのは、「愛が足りない/こんな馬鹿な世界になっても/まだ動く/まだ生きている/あなたの胸のうちで踊ろう/ひとり踊ろう/変わらぬ鼓動/弾ませろよ/生きて踊ろう/僕らずっと独りだと/諦め進もう」という最後の歌詞です。

この歌詞から、お釈迦様の「天上天下唯我独尊」という言葉を思い出しました。この言葉の解釈には諸説ありますが、私は次のように解釈しています。

私たちはこの世に独りで生まれ独りで死んでいくかけがえのない尊い存在であると。

三重県は令和2年12月24日に「三重県感染症対策条例」を公布・施行しました。その第十条には差別の禁止が謳われています。何人も、感染症の患者及びその家族、医療従事者又は県民の生活及び経済の安定に寄与する業務に従事する者に対して、差別することその他の権利利益を侵害する行為をしてはならないという内容です。

コロナ禍は世界スタンダードでは災害とみなされていて、感染症の患者やその家族は被災者であり、医療従事者等はその被災者を助ける支援者です。このような人たちに対して差別的な行為をすることは、人道的に許されない行為だと思っています。感染者がいるお家の壁に油性スプレーで落書きをしたり、医療従事者等が公共交通機関を使うことを拒んだり、感染者がいる学校に嫌がらせの電話をかけたり・・・さまざまなお話を伺います。悲しい限りです。

誰も新型コロナウィルスに感染したくて感染しているわけではありません。また、医療従事者等は感染のリスクを覚悟の上で私たちの命を守るために医療等に携わっていらっしゃいます。そういう人たちに対して心ない言葉を投げつける行為は、愛が足りないにもほどがあります。星野源さんが「愛が足りない/こんな馬鹿な世界」と歌うのも無理はありません。

でも、こんな愛の足りない馬鹿な世界でも、私たちは生きていかなければなりません。だからこそ、自分自身を尊い独りの存在として認めて、そして諦めて前へ進むのだと思います。諦めるという言葉は、自分の願いごとが叶わずそれへの思いを断ち切るという意味で使われるのが一般的ですが、仏教では「明らかにする」という真理や道理を追求することが本来の意味なのです。諦めて前へ進むこと、それこそがまさに生きるということなのかもしれませんね。

そんなことを考えさせてくれた、星野源さんの「うちで踊ろう(大晦日)」の歌詞でした。

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