最後の乗客

最後の乗客

オンラインカウンセリングのカナムーンです。

昨日、伊勢市にある進富座で『最後の乗客』という映画を観ました。55分という短い映画でしたが、人の思いの強さを実感することができた感動的な映画でした。内容についてはネタバレになってしまうといけませんので、詳述しないことにします。是非、映画をご覧いただければと思います。

なぜこの『最後の乗客』を観に行こうと思ったかというと、6年前に読んだ本を思い出したからです。《ザ・タイムズ》紙アジア編集長・東京支局長だったリチャード・ロイド・パリー氏が書いた『津波の霊たち 3・11 死と生の物語』(早川書房)という本です。

当時私は三重県臨床心理士会の被災者支援特別部会長で、熊本地震の緊急SCを三重県から派遣した後に報告書を作成するために、さまざまな資料を調べていた頃でした。パリー氏が執筆した書籍には、東日本大震災で被災した大川小学校で何があったのかが書かれていましたので、取り寄せて読むことにしたことを覚えています。

パリー氏の本のなかで特に印象的だったのは、津波の霊のくだりです。柳田國男の『遠野物語』には、1896年の明治三陸大津波を生き延びた福二(ふくじ)さんの目の前に、津波で亡くなった妻が愛人と一緒に幽霊となって現われたという逸話が記録されています。何も愛人と一緒に現われなくてもと思いましたが……。その後に福二さんは久しく煩ったようです。

仏教僧で祈祷師の金田諦應住職の言葉も印象に残っています。抜粋してご紹介しますね。「とてつもない何かが起きた。しかしそれがなんであれ、完全に自然なことだった。宇宙の摂理のひとつとして起きたことだった。(中略)最終的には、宇宙がすべてのものを内側に包み込むのです。(中略)生、死、悲しみ、怒り、苦しみ、喜び。そう考えると、生者と死者のあいだに境界線はありませんでした。生きている人々のあいだにも境界線はありませんでした。全員の考えや感覚が溶け合ってひとつになった」

私は20年以上犯罪被害者支援をしており、また被災者支援にも携わってきたこともあり、いつも死を意識して生きてきたような気がしています。そのなかで、生きることも死ぬことも日常であり、そこに境界線はなくただ溶け合っているだけなのだと感じてきましたので、まさに金田住職の言葉も津波の霊も得心が行くのです。そして、今回の『最後の乗客』もまさに人の思いが溶け合っていることを実感した映画だったと思っています。

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