恐怖とトラウマ
恐怖とトラウマ

オンラインカウンセリングのカナムーンです。
写真は最近呼んでいる本たちです。左の本はタイトル通り『身体に閉じ込められたトラウマ』(星和書店)について書かれています。神経生理学者であり心理学者でもあるラヴィーン博士が提唱した、からだの気づきを用いたトラウマ技法として注目を集めているソマティック・エクスペリエンシング(SE)の初めての理論的解説書です。
どうして、この本を読もうと思ったかというと、ある就労継続支援B型事業所から「子どもの頃に受けた親からの虐待が、大人になってからどのように影響が出て、それに対して支援者はどのような関わりを持てばいいのか教えてほしい」という研修依頼を受けたからです。
親からの虐待は、恐怖や不安及び悲嘆の繰り返しのなかで行われる行為ですから、まさにトラウマの集積であり、そのメカニズムを知ることがとても大切になります。さらに、フロイトが「精神は忘れるかもしれないが、ありがたいことにからだは忘れない」と述べているように、からだは恐怖を忘れないので、恐怖をからだの記憶からいかに分離することができるかが、トラウマを解消するための本質になります。
また、ユング派の分析家であるフランツが「魂の神聖な精神的中心である自己は、危険がまさに差し迫った状態で活性化される」と言っているように、自我が脆弱な子どもの頃や、予期しない状態で恐怖や不安及び悲嘆に晒され続けると、その影響は計り知れないものになったりするのです。逆境的小児期体験(ACEs)が成人期以降の心身の健康にどのような影響をもたらすかという研究結果を見れば、その影響は明らかですね。
そんなこんなで、支援者にわかりやすいように、これらの内容をきちんと組み立ててお話ができるだろうかという恐怖を感じながら、日曜日の午前中を過ごしています。ただ、私の恐怖なんて本当に大した恐怖ではありません。本来の恐怖は、次のような恐怖です。
「恐怖はこころを殺す。恐怖は何もかも消し去る小さな死である。私は自ら恐怖に立ち向かおう。敢えて私のからだの上を、からだの中を通過させよう。通り過ぎたとき、私は振り返り、恐怖の道筋を見定めよう。恐怖が去ったときには、何もないだろう。ただ私だけが残される」(フランク・ハーバード『デューン』より)
身体に閉じ込められたトラウマを解放できるような臨床家を目指しながら、トラウマを前提としたケア(トラウマ・インフォームド・ケア)ができる支援者の育成に努めたいと思っています。
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