太平洋を渡る島民

太平洋を渡る島民

オンラインカウンセリングのカナムーンです。

写真は、今年の6月にハワイへ行ったときに撮影したカフナ(神官)ストーンです。16世紀にタヒチから4人のカフナがやってきて、その不思議な癒しのパワーで病気の人々の治療を始めたことを知る記念碑になっています。ここで、どうやって4人のカフナは16世紀にタヒチからハワイまでやってきたの?という疑問が起こりますね。

ハワイに人が住むようになったのは約2,000年前のことだと言われています。英国人のキャプテンクックが1778年に近代的な大型船でハワイに到着したときには、推計30万人ものハワイアンが暮らしていたそうですから。すると、昔々から太平洋に浮かぶ島の人たちは、星読みをしながらカヌーによる長い航海をしていたことが窺えるのです。

ただ、1956年にニュージーランドの歴史家アンドリュー・シャープ氏が、「ポリネシア人が、計器を一切使わない航海術で、星や海流、風といったものだけを頼りに、数百、数千キロも離れた小さな島の位置を正確に知ることなんてできない」と否定しました。何を根拠に否定したのかはわかりませんが、浅はかな歴史家の発言だと感じます。

そこで、「ハワイアンは海を誰よりも知っている」ことを証明するために、失われたポリネシアの航海術を復活させ、ハワイの文化復興のシンボルとなったカヌー「ホクレア号」でタヒチへの航海の実証実験を始めたのです。しかし、その頃ポリネシアには伝統航海術を伝える人はおらず、ミクロネシア・サタワル島のマウ・ピアイルグ氏がホクレア号に乗り込むことになりました。

実験航海を重ね、1976年に、ホクレア号はついに古代ハワイアンのルーツを辿るハワイからタヒチまでの約4,000kmの航海を成功させました。マウ氏は出航前にプラネタリムで星の位置を確認したそうです。ハワイの真上にはアークトゥルスが輝いていたことでしょう。マウ氏はハワイからタヒチまでの片道しか乗船しませんでした。「船はお母さん、船長はお父さん、だから乗組員は仲良くするように」と言っていたにも関わらず、ハワイアンと白人は激しく喧嘩を繰り返したからです。

このような内輪話を、下御糸漁港の近くで行われた「“海とともに生きる”音楽&トークショー」で、マウ氏の息子のセサリオ氏から聞く機会に恵まれました。また、海洋ジャーナリストの内田正洋氏からは、3万年前の新石器時代にオーストラリアからカヌーで日本に渡ってきた人たちがいることや、旧石器時代の道具(刃部磨製石斧)でカヌーの製作が可能であったことを分析した論文が、Science Advance誌に掲載されたというお話がありました。

そうすると私たちの日本は、オーストラリアからハワイまでの太平洋に浮かぶ島々の仲間であり、内田氏の言葉を借りるなら、私たち日本人は“パシフィック・アイランダー(Pacific Islander)”なのだという新しい視点を得ることができました。とてもおもしろかったです。

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